世話人: 募集中
◆旅行部会 : 年1~2回、1泊又は日帰り旅行を行います。
◆花見の会 : 毎年4月第1日曜日、武蔵野市役所玄関前に集合しお花見
を行った後、懇親会を行います。
◎旅行については、内容をHPとポスティングにてお知らせしますので、
その都度参加申し込みを世話人までお願いします。
■旅行部会(バス研修日帰り旅行)
・催行日:
・行き先:
・募集人員:
※会員の皆様には12月初旬にポスティングでご案内致します。
■お花見の会
・平成29年4月2日終了しました。
最近、久し振りに友人から便りがあった。次の書き出しで始まっている。「暖冬といわれながらも寒い日々が多かった今シーズン。ようやく桜の開花宣言を聞いたのに一向に花開く様子がみえません。まだまだ寒さを感じる日々ですが皆様お変わりないでしょうか、、、」と。
こんななかで4月2日お花見の会が武蔵野市役所を起点として行なわれた。朝から薄い陽射しで肌寒く集まった人達も皆マフラーに冬のコートの装いだ。ところがなぜか急に天候が持ち直し集合時間の11時頃はすっかり快晴。先日の横須賀バス旅行に引き続きまた天候に恵まれラッキーだ。諸江会長、角田委員長の普段の行いが良いのではないかとの声が聞こえてきた。Is
that true ?
ここは各自で花見をすることで一旦解散する。
さて肝心な桜のほうだが見上げると木々の枝から青空がくっきり透けて見え枝先のほうに少し咲いている。まだ3分咲きだ。満開は1週間先の入学式の頃か。会場は市内の各種団体や市の友好都市がテント出店しどれも大賑わいだ。仮設ステージで若者が20人位踊っている。大通りではお揃いの「むさしの」と入った水色の着物の女性たちが武蔵野さくら音頭で踊りながら縦列行進で進んで来る。4人で1列、これが20列ぐらい続く。壮観だ。やはり和服姿の女性たちは美しい。華やかな桜まつりだ!みな桜の枝を右手に持ちそれぞれの手を同時に左右に振り下ろし3歩位進んでから今度は頭上で円を作り1回転し進んで行く。なんだ炭坑節と同じだ。これならオレでもできるぞ!
1時間半後に第二会場「インド料理ピアーズ」に再び集まる。ここでは花より団子?それぞれがビールジョッキ、日本酒の桝、ワイングラスなどを片手に前菜、エビちり、豚肉の唐揚げ、タンドリーチキン,ナン、、、を次々と平らげていく。それもテーブルの区切りごとに高い声で話している。隣で何を話しているのかさっぱり判らない。
なんて元気なシ二アたちだ!しかしこれでは無政府状態だ。少し秩序を回復するため一息入れ、「ケーナ奏者ビンちゃん」の演奏を聞く。「コンドルは飛んで行く」など南米アンデス独特の哀調に満ちたメロデーを次々と演じ皆でこれに口ずさむ。こんな楽しい時が2時間程続いた。あとは「紺碧の空」を合唱してThe end
最後は皆さんに謎々です。「ケーナ奏者ビンちゃん」とは誰でしょうか?ヒントは医学博士。 世話人の角田、片岡、鈴木(武)の各氏に多謝 (M
yoda 記) (宮崎幸二、山下倫一 写真)
参加者(敬称略 あいうえお巡)
井上良一、小野寺敏、小美濃隆、角田正三、片岡冬里、上条節夫、鈴木武、千田景三、高橋清、田坂忠俊、谷内隆衞、轟常彌、馬場正彦、松本誠、松本真人、宮崎幸二、諸江昭雄、山口光朗、、山下倫一、依田連
(計20名)
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桜の開花の便りが聞こえてくる3月22日、前日までの雨と曇天とはうって変わり好天だ。朝の風はまだ肌寒いものの陽射しはキラキラと輝いている。研修旅行の車は既に30名満席だ。「あずさ2号」の歌ではないが三鷹駅北口を8時丁度に出発。諸江会長の一声の後、車窓右手に高く映える白き霊峰を仰ぎ左、右に現れる白木蓮の咲き誇るさまを愛で一路南下すること約2時間、10時頃「世界三大記念艦三笠」の駐車場に到着。
まず三笠を見学する。ビデオ室で約20分の映像を見る。この後、保存会の古宇田氏(元一等海佐)は折角早稲田大学関係者が大勢見えたので更に説明を加えたいと言う。厚意に甘え特別説明を受けた。その内容は史実に即した懇切丁寧な説明で所謂「坂の上の雲」的な創作とは一線を画していた。「日露海戦の予期せぬ大勝利に酔って慢心驕りが蔓延しその後の道を誤った」の言は今も脳裏を離れない。次に艇内を見学後、ポートマーケットで海鮮料理を入れ一息つく。
午後は軍港クルージングだ。Sea friend 7に乗船し船は港中央に進む。右手には外洋に突き出た半島の全容が現れてきた。米海軍基地だ。12号バースには潜水艦が4隻並んで停泊している。更に進むと校庭を船に載せたような巨大な艦艇が現れた。これが空母「ロナルド・レーガン」だ。星条旗が揺れている。すかさず乗客の中から「これじゃ日本はまだ占領されたままだ」の声が飛ぶ。Is
that right? これが日米安保・地位協定の現実だ。左手には海上自衛隊の最新鋭イージス艦と護衛艦、掃海艇、、、、10数隻が勢揃いし壮観だ。ここは蜂の巣ならぬ軍艦の巣だ。このクルージングは国防の最前線にいる錯覚を覚えた。我国は南北3000㌔有余に及ぶ多数の島々で成り、更に排他的海洋面積を加えれば世界有数の大きな国だ。この広大な海域を守り維持することの大切さを痛感した。帰路は疲れからか車内は静か。都内に近づくと俄に「紺碧の空」の合唱が沸き起こり賑やかさが戻った。天候にも恵まれ本当に素晴らしい一日だった。角田、鈴木(武)、山口(光郎)の各氏に多謝。
(3/25 M yoda 記)
参加者(敬称略)
秋本光雄、市川毅、井上良一、牛込秀三、太田資暁、小野寺敏、小美濃隆、角田正三、片岡冬里、上条節夫、栗原裕、古賀惇子、小室至、近藤敦哉、 佐川素子、鈴木武、詫摩太郎、詫摩美惠子、辻林直行、德田直子、中山美代子、林望、福田晴美、松本誠、松本真人、諸江昭雄、山口光朗、依田連、ほか1名
(計29名)
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毎年4月の第1日曜日は武蔵野桜まつりが催され、市役所南隣りのむさしの市民公園が主会場となる。稲門会もこの日をお花見会(自由参加)としている。
第24回武蔵野桜まつりのこの日は曇り空ながら花は満開、11時には市役所1階ロビーに諸江会長はじめ初参加者数名を含め25名が集合した。
むさしの市民公園には53のテント・ブースが設置され友好8都市も参加、その中の一つ長野県川上村のブースに地方再生のために派遣された稲門出身の若手キャリアが一人いた。信濃川源流・千曲川のレタス村に来て欲しいと言う。チャンスがあれば武蔵野市に貢献するためにも訪問して友好を深めたい。
めいめい勝手に各催し物を見て回り、12時過ぎに再び集合して全員一緒に桜のトンネルとなった中央通りをしばらく歩いてインド料理店「ピアーズ」に到着した。
参加者の殆んどが恐らく初めてとなるインド料理のフルコースを頂きながら談笑し大いに懇親会を楽しんだ後散会した。
(寺田昌弘 記、宮崎幸二 写真)
参加者(敬称略)
石井 聡、井上良一、牛込秀三、小野沢純一、小美濃 隆、角田正三、片岡冬里、上条節夫、鈴木 徹、須田晃也、高橋 清、詫摩太郎、田坂忠俊、谷内隆衛、寺田昌弘、轟 常彌、幡鎌武夫、福田晴美、吉村まり、前島俊吉、松本 誠、宮崎幸二、諸江昭雄、山口光朗、山下倫一、以上25名
次の予定でお花見を行います。奮ってご参加下さい。
※参加・不参加のお返事は必要ございません。ご参加頂ける方は下記日時に集合場所にお集まりください。
日 時 : 4月3日(日) 午前11時 市役所玄関前集合
懇親会 : お花見終了後、午後1時頃より近くのインド料理店
(以前中華料理店 ”添彩”があった場所)で行います。
(注)天候等の理由による中止は市が主催する「桜まつり」に合わせます。
2015年10月9日(金)8時30分、雲一つもない秋晴れ、肌に心地よい爽やかな空気、温かい朝の日射しを目一杯に浴びてバスは三鷹駅を後に走り出した。
久しぶり、年に一度のバス研修旅行の始まりである。
歌手の安室奈美恵と浜崎あゆみを、足して2で割ったような、なんとも明るく可愛いバスガイドの挨拶に、一堂、あっと言う間に打ち解けて、気がつけば世界遺産の富岡製糸場に着いていた。
さすがに、国宝、国指定史跡、国指定重要文化財というだけあり、来訪者への案内体制や施設もしっかり整い、ガイドの説明や案内も至れり尽くせり、申し分のないものであった。
明治5年に国営工場として創業、昭和62年まで操業を継続してきた絹の製糸工場が、周辺の付帯設備を含め、完璧な形で保存、維持されていることに、事前に知ってはいたものの、感嘆するばかりであった。
近隣の料亭で昼食会、地元料理を堪能、中でも、コシネ汁(コンニャク、シイタケ、ネギ)、は珍味であった。
次は、コンニャクパーク、これは現実の世界、コンニャク製品の実生産工場を、整備された見学者通路から、全ての製造プロセスを順を追って一望できる、大変良い勉強になった。無料のコンニャク料理試食バイキングあり、直売場あり、カロリーゼロの様々なコンニャク製品を、皆さん衝動買い!
最後は、明治初期に、養蚕生法の先駆けとなった高山社跡を訪ねた。富岡製糸場とセットで世界遺産に登録された古い民家が、ほぼそのままで残されているが、周辺の道路、アクセスの整備工事や民家の一部修復、復原工事が盛んに行われている最中であった。
朝からの旅疲れも手伝い、心地よい眠りに誘われ、帰路のバス車中は、一堂静かに過ごし充実した一日であった。(三鷹駅北口18時30分着)
(片岡 冬里 記)
参加者(敬称略)
市川 毅、井上良一、牛込秀三、梅沢正春、太田資暁、小倉卓雄、小野沢純一、小美濃隆、角田正三、片岡冬里、上條節夫、古賀惇子、詫摩太郎、轟 常彌、日野 克、福田晴美、福原 弘、松本 誠、松本真人、諸江昭雄、山口光朗、山下倫一、山内 厳、他1名(計24名)
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午前11時市役所玄関前に集合。お天気は朝から雨というお花見としては最悪の状態であったが、稲門会員の出足はすこぶる好調で、参加者は22名となった。
桜の方は私達を待っていてくれたのか、まだ相当数枝に残ってはいたが、なにしろ降雨のために見て回ることもできず相談の結果、市の桜まつりで行われているイベントを各自自由に見て回ることとした。
12時半に再び玄関前に集合して、懇親会場の西久保一丁目のジョナサンに向かったが、市役所からジョナサンに向かう途中が一番のお花見となった感じである。
懇親会は予想を大幅に上回る19名の方々が出席され、店に頼んで増加人数の特別席を急きょ作ってもらうという、世話役にとってはうれしい悲鳴をあげることとなった。
懇親会ではアルコールが入って談論風発、天候に邪魔されたお花見であったが最後の懇親会によってブルーな気分も一遍に吹き飛んで、結果として大変楽しい一日となった。午後3時に終了。
(角田正三 記)
参加者(敬称略)
井上良一、太田資暁、小美濃隆、角田正三、片岡冬里、篠原 哲,杉原鉄夫、須田晃也、千田景三、高橋 清、詫摩太郎ご夫妻、寺田昌弘,轟 常彌、福田晴美、前島俊吉、町田 顯、松本 誠、諸江昭雄、山下倫一,山内 巌、吉井 滋
朝から一日中雨模様の最悪の天候でした。しかし、参加申し込み29名のうち
1名のみ緊急事態発生の為のキャンセルがありましたが、28名の参加を得て、
結果としては上々のバス研修旅行となりました。
市の教育委員会が提供する社会教育借上げバスを利用する研修旅行である
為、親睦というよりは社会教育を目的としている大変真面目なバス旅行で
あります。
3) 江戸城大手門、武家屋敷が一体となった江戸城ゾーンと大店街や町屋
等の江戸の町ゾーンで構成される江戸の街並みを散策し、江戸時代に
タイムスリップすることが出来ました。
昨夜の嵐はどこへやら! 快晴に近いお天気でした。総勢33名は7:50三鷹駅北口をバスで出発しました。訪問先は円覚寺、建長寺、鎌倉大仏、鶴岡八幡宮および鎌倉霊園という過密気味のスケジュールです。
行きのバスの中では訪れる先の予備知識を得るために、太田資暁さんによる「訪れる社寺の略史」について、さらに杉原鉄夫さんによる「杉原千畝氏と早稲田大学」についてそれぞれレクチャーが行われました。
訪れた中で、強く私の印象に残っているのは建長寺と鎌倉霊園です。建長寺は鎌倉幕府第五代執権北條時頼によって1253年建立されたわが国最初の禅寺です。二代目住職として中国から来た兀庵普寧(ごったんふねい)は口やかましく理屈っぽく議論をふっかけて紛糾するので、現在の「ゴタゴタ」の語源となったというエピソードが残っています。
この建長寺の境内に一歩踏み入れるやいなや、大書きされた「むさし野稲門会」というご案内が掲げられており、さらには稲門ご出身の宗務総長高井正俊様のお出迎えを受けました。そして三門に上げていただき五百羅漢像を拝観したり、また講堂に於いてお茶を振舞っていただいている間、高井様の軽妙洒脱なお話を拝聴することが出来ました。
最後に鎌倉霊園を訪れました。鎌倉霊園には、杉原千畝氏のお墓があります。氏は第二次世界大戦中リトアニアの領事館に於いて、6000人の難民・主としてユダヤ人にビザを発給し命を救った偉大な外交官であり早稲田大学の先輩であります。
到着した時は既に薄暗くなっていました。暗がりの中、お墓を探すのに少し手間取りましたが怪我の功名とでも申しましょうか、西の彼方に茜色に染まった幻想的な富士山を望むことが出来ました。そして真っ暗になったお墓の前でお線香に火を点じお花とワンカップ大関を供えてお参りをした後、諸江昭雄さんの指揮の下にハーモニカの前奏で、早稲田大学校歌を斉唱したことは参加者全員の心に永く思い出として残ることでしょう。
帰りのバスではお互いに稲門出身であることに目覚め、絆を深めることが出来た楽しい一日でした。
参加されたワセジョ&ワセダマンに乾杯!
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